パイロット・スタディ・プログラム

「南部フィリピン・バンサモロ暫定自治地域における移行期正義の予備的研究:『接触領域』の紛争経験に着目して」

R5 2-3 (令和5年度 AY2023)

研究代表者吉澤 あすな (京都大学東南アジア地域研究研究所 / 連携研究員)
研究課題南部フィリピン・バンサモロ暫定自治地域における移行期正義の予備的研究:「接触領域」の紛争経験に着目して
研究対象国フィリピン

研究概要

本研究の目的は、バンサモロ暫定自治地域(BARMM)における移行期正義の制度化に対し、複数の宗教・民族集団にルーツを持つ人や混住コミュニティの住民といった「接触領域」にある人びとの紛争経験がどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることである。フィリピンにおける移行期正義は、1970年代~80年代の独裁政権下の政府・国軍による人権侵害に関して、住民の証言記録と被害者への賠償金支払いが実施されてきた。しかし、武装集団による暴力被害に対しては適用されず、対象も内容も限定的であるため拡充の必要性が議論されている。南部フィリピンの紛争経験はこれまで、ムスリム、キリスト教徒、非ムスリム先住民(IP)それぞれの集合的記憶として繰り返し想起されてきた。一方、市民社会組織においては「皆が被害者である」という包摂的言説が主流である。本研究は最終目的に向けた予備的研究として、混住地域の住民への紛争経験の聞き取り調査を行う。そして、上記の枠組みに影響されつつ、そこから零れ落ちる個別具体的な身体感覚や感情を伴う経験を明らかにする。その中で、集団間関係に還元されない「正義」のあり方が模索される可能性を検討する。

研究目的・意義・期待される効果など

本研究の目的は、異なる集団が出会う混住社会の「接触領域」において、人びとが複雑な感情を抱えながら隣人と関係を構築しようとする実践が、BARMMの移行期正義をめぐる政策や制度形成にどのような影響を与え、宗教・民族集団間関係を再編させるかを明らかにすることである。本研究は予備的研究として、混住地域におけるフィールド調査を行い、対立的な集団間関係の言説および市民社会組織の提示する「皆が被害者である」という包摂的な言説に回収されきらない紛争経験を聞き取ることを目的とする。

先行研究は、南部フィリピンの自治地域による和平の進展について、資源配分の制度設計と運用を重要視する一方、住民を受動的な存在と見なし軽視してきた。本研究は、人びとの接触領域の経験こそが自治地域の成功を左右する鍵であると考え、両者の相互作用に着目する点に独自性がある。

本研究の意義としてまず、南部フィリピンにおける移行期正義に関して、活動報告ではない学術的研究がまだ少ないことから、当該テーマについてローカルな文脈と住民の意識に根差した理解に寄与すると考えられる。次に、エスニック/ナショナルマイノリティの対立や紛争を経験した社会における、ミクロな平和的実践と国家レベルの平和構築との相互作用による平和構築の方途を明らかにし得る。